第四章 国境の町


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 組まれた石がむき出しになった廊下は、ゆるく曲線を描いていた。

 クローディアが言うには、山脈を貫く谷の出口を囲うように建つ砦が、そのまま軍の基地になっているらしかった。隣国との国境に面した東側には、有事に弓兵が外を狙える程度の細い窓が一定間隔で並んでいる。

 その窓も、外から見たら明かりが漏れていなければ分からない程度だったらしい。

「まぁ、あのときは夕方でしたし。影の暗さが際立って、特に見えにくい時間帯っすよ」

 と補足を入れたのは、先導する軍人──ティムだ。

 グレンの方を振り返っていたクローディアが、ティムの方へ顔を戻す。クローディアは廊下へ出る前にフードを被って髪を隠していて、彼女が世の果て色の髪を持っていると知っている人間は案外少ないのだと、グレンはわずかに安心感を抱いていた。

 ティムが立ち止まったところにある扉は、今まで通り過ぎてきたものとさして変わらないように見える。グレンはキョロキョロと背後の扉と見比べたが、違いらしい違いも見つけられずにクローディアに窘められた。

 その間に、ティムがノックを済ませている。

「お二人をお連れしました」

 程なく、返事の代わりに内側から扉が開かれた。そこにいたのはティムと近い立場らしい軍人で、軽く片手を上げて挨拶を交わした後、扉を抑えたまま体をずらして道をあける。

 促されて、グレンはクローディアと共に部屋へ入る。会議用らしい大きな机の向こう側にルシアンがいて、机の上でなにかを捺しながらちらりとこちらへ視線を向けた。

 部屋には十人ほどの軍人がいて、その誰もが椅子に座らずに壁にもたれるなどして立っている。クローディアとグレンが促された先には向かい合ったソファがあるものの、それ以外に椅子はないようだった。どうやら長時間の使用を前提としない、簡易的な会議室らしい。

 グレンは壁側のソファに腰かけたクローディアの隣に並び、つい持ってきてしまった剣を傍らに置く。

「では、全員ここを発つ準備を進めてください。昼には首都に着くつもりで」

 ルシアンが指示を出すと、部屋にいる部下たちの返事はほとんど同時だった。クローディアが体を固くするのが、グレンの視界の片隅に映る。

 クローディアを気にかける間もなく、ルシアンがティムを呼ぶような手ぶりを見せるのが目について、グレンの意識はそちらへ向いた。作業を終えた書類かなにかでも渡すのかと思えば、ルシアンは腰の左側に帯びた剣をベルトから外し、鞘ごとティムに差し出している。

「……大佐」

「クローディアと話をするのには必要ありませんから」

「でも、……了解っす」

 やりとりは短い。

 ティムは剣を受け取り、不安を含んだ目線をグレンの方へ向けた後、足早に部屋を後にした。

 ぱたりと扉が閉まって、ようやくルシアンは机から離れる。その手には封筒があって、どうやらさっき捺していたのは封蝋だったらしい。赤黒い蝋に、なにかの文様が浮いている。

「お待たせしてすみません」

 軽く一礼して、ルシアンはグレンの向かい側にあるソファへ腰かけた。

 ルシアンの表情に変化らしいものはなく、それがグレンの胸中をざわつかせる。相手が武器を手放しているというのに、今にも剣を抜いてしまいそうだった。

 アルミュールで出会ったスキナーという男と、まるで正反対だ。

 ぐ、と隣に座るクローディアに手首を掴まれて、グレンは我に返る。

「いえ。……こちらこそ、さっきはごめんなさい」

「戦場で気を失って別の場所で目を覚ましたら、錯乱するのは無理もないことですよ。お気になさらず」

 ルシアンはあっさりと応える。

 今さっきまでグレンが敵対的な態度をとっていたというのに、それを少しも気にしていない様子だった。表情にもこれといって変化がなく、得体の知れない存在のようにも思えてくる。

 グレンが感じた違和感や嫌悪感は、やはりクローディアにはないらしい。

「それで……これからの、話ですよね」

 と言った声には、わずかな緊張感以外に変わったところはない。

「ええ。そうです」

「皆さんは……」

「フリーデンがアルミュールに攻撃をしかけたことは、我が国にとっても重大な事件です。準備が済み次第、私は首都に戻り女王への報告を行いますし、この基地はじきに厳戒態勢に入るでしょう」

 ルシアンに言われ、クローディアの手に力が入る。クローディアに手を握られたままのグレンは、その緊張感を直に感じる。

「私、は……」

 クローディアの声はかすかに揺れていた。

 グレンの手首を掴む手はそのまま、クローディアは反対の手でフードに触れる。

 フードは、クローディアが神の娘であることを隠すためのもの。

「……私も、皆さんについて行ってもいいですか?」

 だから、クローディアの問いを、グレンはうまく飲みこめなかった。