第四章
レゾンの操るスピーカーは、一体いくつ破壊されたのか。ペスト以外が放つ音は、ついさっきと比べても、あからさまに数を減らしている。
「データのバックアップさえあれば、私はまた、ヒトのための人工知能に、戻れるはずなんだ」
「なに……する、つもりなの」
たったそれだけを言うのに、大げさなくらい肺が痛む。
しかし、痛みを無視してでもヴィオレは声を出さなければならなかった。レゾンは明確に決別しようとしている。
ヴィオレと、ではない。
自分自身との決別だ。
「記憶を消す」
もはや、合成音声はノイズの隙間から聞こえているような有様だった。
「記録だけをバックアップに残して、電脳をクリアな状態に戻してしまえば──私はまた昔と同じような判断を下せる。昔と同じようにヒトを見ることができる」
「なん、で……いま」
ヴィオレの咳混じりの問いに、レゾンはしばらくノイズだけを送った。
送った、というよりも、無意識に垂れ流していると言った方が正しいが。
「笑ってくれ。恨んでくれてもいい。出来損ないと罵られても構わない。私はこの後に及んで人間の振りをしているらしい」
一際強くなったノイズは、子供が泣きじゃくっているようにも聞こえる。
「──ヴィオレが死ぬのを、見たくないんだ」
その言葉を発するのに、いくつのエラーが生じたのだろう。ノイズは激しさを増すが、ヴィオレの背後で聞こえていた物音はいつの間にかひとつになっていた。スピーカーは全て壊され、もはやペストだけが街路で音を立てている。