第四章
後ろ足を引きずる足音が近づくたび、地面の揺れはわずかに強くなっていく。
「わかった」
ペストに位置を教えるのも構わず、ヴィオレはレゾンに声を送った。
震える腕に力を入れる。靴底で荒れ果てた床を噛む。やっとのことで立ちあがったときには、思わず深く息を吐いていた。
背後にペストの気配を感じる。こちらの様子をうかがっているのか、それとも体力を温存するつもりなのか、強引に頭をねじこむことも、叫び声をあげることもしない。
好都合だった。ヴィオレは傍らにあった椅子の背もたれを掴み、言葉を継ぐ。
「……私が死ななければいいのね?」
ざぁ、とノイズが引いた。
それを合図にして、ヴィオレは掴んだ椅子を思いきり背後に投げつける。鼻に強烈な打撃を受けたペストが甲高い悲鳴をあげて怯んでいる隙に、ヴィオレは裏口らしい扉に体当たりして細い路地に出た。
直後、室内を破壊する大音声が響き渡る。ヴィオレはあらかじめ耳を塞いでおき、肌で感じる「振動」が弱まるのを待って腕を下ろした。
傷を気にする暇も、捻挫した右足首をかばう余裕もない。
元々、ヴィオレがペストに持久戦を挑んでも勝ち目などない。負傷しても勝とうとするのなら、危険を冒してでも早期決戦に持ち込むべきだ。
そのまま、地面を蹴って建物の外壁に足をつける。足裏に集中した念動力で壁を掴み、弾く。三角飛びの要領で一気に屋根の上まで登ると、箱のような建物の上にひしめく大量の緑があった。