第四章
ヴィオレは四肢に力を入れようとするが、がたがたと震えてうまくいかない。遠く聞こえるペストの声と足音を聞いて、地面自体が揺れているのだと気づくのにしばらくかかる。
かすかに聞こえる散発的な物音は、レゾンが町のあちこちに仕掛けたスピーカーから音を発しているのだろうか。
「ヴィオレ!」
「聞こえて、るよ」
思うように動かない体をもどかしく思いながらヴィオレが応えると、久しく聞かなかったノイズがイヤフォンからこぼれた。
「あぁ──よかった」
そう言ったレゾンの声は、安堵のため息が聞こえないのが不自然に感じるくらいだった。
本当に、無機物であることを疑ってもいいくらいに人間臭い。あの金属球の中には、冷凍保存された人間が収まっているのではないだろうか。そんなバカげた考えすら湧き出してきて、ヴィオレはこんな状況だというのに笑ってしまった。
自分が知覚できる範囲では、致命傷は受けていない。ガラスで切れた場所は主要な血管を避けているようだし、骨が折れるなどの損傷もない。
ただ、音という性質が悪かったのか、それとも半規管が復活していないのか、まだ立ち上がることはできそうになかった。
「駄目だな、私は」
ヴィオレは仰向けの状態からどうにか体を動かし、床に手をつけてその言葉を聞いた。
レゾンの声には、重々しく感じるほどに自嘲の意味が含まれている。また混じり始めたノイズが、電脳の乱れを多分に表していた。
「本当に──人間に近づきすぎた。人工知能としては致命的なほどに」
ヴィオレが背を向けた街路から、盛大な破壊音が轟く。