第四章
ぞ、とヴィオレの背筋を悪寒が走り抜ける。しかし、すでに無茶な姿勢移動を行った体は、これ以上の制動を許さない。振り回された内臓も支え続けた骨も悲鳴をあげながら動いている。
命の危険を感じたらしい脳が、処理速度を限界まで上げているようだ。緩慢にも見える動作でペストは口吻をヴィオレに向け、威嚇するように顎を開く。その後ろで、発達した耳がぴったりと、それこそ頭蓋に貼りつくように倒れている様すら視認できた。生態系の頂点に立つ肉食性特有の、息の獣臭ささえ感じている暇がある。
──咆哮。
時計の針が速度を取り戻す。
大音声が壁となってヴィオレに叩きつけられる。
衝撃はヴィオレの呼吸すら止めた。防御姿勢もとらず、超至近でくらった音の壁は、ちっぽけな人間の体などたやすく吹き飛ばす。
背中でガラスを割り、並べられたテーブルセットをめちゃくちゃにしながら、ヴィオレはようやく地面に投げ出された。咳き込みながら呼吸をしている間に、痛覚神経がにわかに働き出す。聞き慣れた声が聞き慣れた名前を何度も呼んでいるような気がするが、いつまでたっても明瞭にならない。
それでも、幸運だったと言わざるを得なかった。背後に大きく窓をとった飲食店がなければ、コンクリート製の壁に叩きつけられて即座に追撃されてもおかしくない状況だ。いまペストの追撃がないことだって、周囲に生物がヴィオレしかいないことを考えると不自然極まりない。
「返事をしろ! ヴィオレ!」
合成音声らしからぬ声量で、レゾンが叫んでいるのがようやく耳に入った。