第四章
レゾンが呆れとも感嘆ともつかない言葉を吐いた直後、しびれを切らしたペストはヴィオレを狙って尾を振った。体に比べてかなり細いとはいえ、人間の骨を折るには十分以上の速度と重量が乗っている。
ヴィオレは地面を蹴り弾き、尾を飛び越えることで回避。着地したあとすぐさまペストへ接近し、がら空きになった後肢を砕こうとさらに跳躍する。
狙うは右大腿骨。
分厚い筋肉を無視し、奥にある骨を意識して、力場をまとった右拳を叩きつける。
声を武器として使うペストの悲鳴は、意外なことに他のそれとなんら変わらなかった。がむしゃらに振り回される腕や尾をいなし、ヴィオレは距離を保ちながらペストの背後に位置取りする。
本来なら方向転換に使う前肢を狙うべきなのだが、それだとあまりにも顔──というよりも喉に近すぎる。指向性など無視して先ほどの「叫び」をあげられれば、物理的なダメージはなくとも耳に支障が出る。
「音は防げそうにないか?」
レゾンの声は、少し遠くなっていた。
抜けかけたイヤフォンを片手で直し、ヴィオレは足を止めないまま答える。
「さすがに空気への干渉は、私の呼吸にも関わるから」
「なるほど。──私が気を引いてみよう」
どうやって? と問う暇もない。
なにかを叩くような音が、ヴィオレとは全く違う方向から聞こえてきた。ペストの耳は過敏に反応し、前触れなく現れた音へ意識が向いている。
ヴィオレは咄嗟に足を踏ん張った。
回避に向けていた動きを攻撃へ転じ、慣性を捻じ曲げてペストの前肢へ接近。拳を振りかざしたところで、ペストは唐突に前足を引いた。