第四章
「いや、ほら。的小さいし、飛んでるし、数多いから、私、ハエは苦手だと思ってて……」
「そういう問題では──いや、間違ってはいない、が」
「的確だと思ったんだけどな」
言いながら、ヴィオレは苦笑した。ハイジアはヒトの域を外れてペストに近づいたものだ、と日頃から意識していたというのに、いざヒトを見たときに思い起こすのが、まさかペストだとは。
もっと人間のことを知らなければならない、とヴィオレは思う。下層だけで築きあげた人間への印象は、中層に入って数分でがらりと変わってしまった。
ヴィオレが思うより、ハイジアとヒトの間には差がないのかもしれない。
「そろそろだ」
レゾンの声に応じて目を凝らすと、数百メートルは離れているであろう前方にペストの影が見えた。左方にある建物の後ろから、鼻先だけが覗いている。
すでに居住地域へ侵入している。物的損失がゼロになることは、おそらくない。
「目標を確認」
決められた言葉を、しかしいつもよりは楽な口調で、ヴィオレは告げる。
心境の変化か、あるいは通信相手の変化か、もしくはその両方が、ヴィオレの声から硬さを抜いていた。
「戦闘行動に移ります!」
ペストが視界に入ったのなら、もうスタミナを考慮する必要はない。
可能な限りの速力で、数百メートルの距離を詰める。ペストもこちらに気づいたようで、迷いのあった足取りに明確な意思が現れるようになった。
「外観からの推測を述べておく」
ヴィオレは、意識の片隅でレゾンの言葉を捉える。