第四章
「あ……ありがとうございました」
ヴィオレは辛うじてそれだけ返すと、人混みへ向かって走る黒装備を数瞬だけ目で追って、また前へ視線を戻した。
中層の街並みは、下層のそれとはかなり違う。効率を突き詰めた建造物を見続けてきたヴィオレには、なにかと無駄の多い──生活感の溢れる街は新鮮に映る。
大通りに分類されるらしい道の両脇には、背の高い五階建ての商業施設がいくつか並んでいる。浅間の中心であるエレベーターから離れれば、建物の高さは徐々に低くなっていき、その性質も商業施設というより集合住宅に近づいていくようだった。一階部分に商店を構え、二階以上には人が住む構造が、大通りに並ぶ建物の主流らしい。平たい屋根には、空気中の成分を一定に保つための植物が植えてある。
「──ではヴィオレ、向かおうか」
レゾンに促され、ヴィオレは踏み慣れない硬い地面を蹴った。アスファルトの硬さを数歩で確かめると、念動力で地面を弾いて一気に加速。消費する体力は最小限に、可能な限りの速度で道を駆ける。
人影はほとんどない。おそらく大多数の人間は室内に誘導され、ペストが排除されるのをおとなしく待っているのだろう。ごく一部、少しでもペストから距離を取ろうとする者が、人ならざる速度で走るヴィオレを見て足を止める程度だった。
少なからず人との遭遇はあるものの、巻き込むかもしれない誰かがいないことはヴィオレの気持ちを多少は楽にした。