第四章

 ヴィオレは下唇を噛んで、御堂を背後へ放り投げた。白衣を掴んだ手を離すと同時、御堂が往生際悪く持っていた無線をむしり取ると、フードを下ろして手早く装着する。

 肩から倒れ込んだ御堂が立ちあがるのを、ヴィオレは見ようともしない。

 どんな表情をすればいいのか分からなかった。というより、表情を作るだけの余裕などなかった。いま自分がどんな顔をしているかすら、うまくイメージできない。

 なにか言わなければならない。喉まで出かかった声が、頭の感情と結びつかずにつっかえているような気がする。感情を言葉に変換しないと声はうまく外へ出ていってくれないのに、いろんなものが混じった感情はどの言葉になることも拒絶する。

 違う。欲しいのは幸せじゃない。もっと単純で、簡単なはずのものを、ヴィオレは受け取っていない。

 そんなことを考えている内に、結局、御堂の方がはやく口を開いてしまった。

「ありがとう、ヴィオレ」

 先手を打たれてしまえば、つっかえていた声はすとんと腹の底に収まっていった。

 御堂には応えず、ヴィオレは階段を駆け降りる。行動で示して相手が読み取ってくれるのなら、それに越したことはない。

「ヴィオレ」

 イヤフォンから聞こえてきたのは、レゾンの合成音声だった。

 地上と違い、浅間内部での通信状況はさほど悪くない。聞き慣れないクリアな音に、むしろ戸惑ってしまうほどだ。

 後を継ぐ言葉は、しばらくの間レゾンから出てこなかった。ヴィオレが五階分の階段を降り切ったところで、ようやく重い口が開く。

「すまない」