第四章
「ハイジアにも幸せになる権利くらい、あるだろう? それを証明したかった。……あいつが残したものが、人道を無視した計画に使われるなんて、僕には耐えられない」
ヴィオレは言葉を失った。
口だけではない。頭からも消え去った言葉は、戻ってくるまでに少しの時間を要した。
幸せ。権利。人道。なにもかもがハイジアと結びつかない。塔の上で拾われ下層で生きたヴィオレには、理解の範疇を越えているような気もしてくる。
そういえば、と思い至る。
御堂が、そして数多くのハイジアが産まれた中層を、ヴィオレは知らない。
「私には理解できない」
「そうだと思う。だから僕は、君を失敗作にした」
思いきり側頭部を打ちつけたような衝撃があった。
ヴィオレは愕然とする。自分はまだ御堂を信じていたかったのだ。白衣を掴んだ腕がバカみたいに震える。
「計画が実行できれば、君はハイジアとして幸せだったと思うか? 誰とも知らない人のために命を捧げて、ひとりで暗いところで死に続けるような目にあっても、英雄になれれば幸せだと思うのか?」
「……少なくとも、今よりはね」
「それは僕の力が至らないからだ。下層のやつらの凝り固まった頭をほぐすまで、少し待ってほしい」
戯言を、と切り捨てられれば、どれだけ楽だっただろう。
けれど、そんなことができるはずもない。今までヴィオレが信じてきた御堂祐樹は、その戯言を人の形にしたような男だったからだ。
「約束する。僕が君を幸せにしてみせる」