第四章
ヴィオレの手は、少し気を抜けば開いてしまいそうなほどに震えていた。
「最後が」
「ブラン」
小さな咳を挟み、御堂が後を継ぐ。
「人見知りでいつも誰かの後ろに隠れてるくせに、変なところで勇敢だった」
ヴィオレは息をのんだ。
ありえない。御堂がそれを知っているはずがない。
名前ならばまだ分かる。これまで作られてきたハイジアの情報程度、科学者ならばアクセスしようとすればいくらでも見ることができる。念動力のペストに殺されたハイジアならなおさらだ。
けれど、ヴィオレは意図的に科学者の知らないハイジアの姿を羅列していたのだ。
御堂がいくら優秀であっても、十年前ならまだ十代後半。研究職につけるはずがない。
「なんで……」
「知ってるよ。僕の妹だ」
言って、御堂は口元だけで笑った。
ヴィオレの腕に自分の命がかかっていることを感じさせない、穏やかな笑みだった。
ふと、ヴィオレは自分の右足首に意識がいった。
科学者とは、専門分野を狭くすることで特異性を研ぎ澄ましていくものだ。ハイジアを作る──すなわちペストの遺伝子を扱う科学者に、人体医学の知識はいらない。
──人見知りでいつも誰かの後ろに隠れてるくせに、変なところで勇敢。
ヴィオレの知るブランは、確かにそういう少女だった。ハイジアになる前は、怪我の絶えない子供だったかもしれない。
御堂の医学的知識は、妹の怪我がきっかけだったのだろうか。