序章 咆哮は拳と共に
「──それが人にものを頼む態度かゴルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
特大の咆哮と共に振り抜かれた。
そしてあろうことか、二メートルはある人外の巨体が宙を舞った。
肺に残っていた空気が纏めて外に押し出される。叩き込まれた衝撃の爆発は、それだけに留まらなかった。堅牢な肋骨が粉砕。その内側に内包された臓物が破裂。脊髄にまで到達した衝撃が行き場を失って体内で跳ね返り猛って暴れて逆巻き鬼哭天外奄々暴戻────常識の範疇を越えた一撃に、駆けめぐる痛覚に、人外の意識は早くも混濁を始めた。
妙にスローモーションに映る逆さまの景色の中、人外は思う。
人間如きに遅れをとるつもりは毛頭ない。なかったのだが結局のところこれが現実。
今思えば先に感じた悪寒は、自身の細胞が発する警告信号だったのだという事に気付く。あの時大人しく耳を傾けていれば。踏み留まっていれば。
果たして、
空中に投げ出されていた体は上昇を終え、降下。それまで体を覆っていた時間の遅延感覚が元に戻る。そして次の瞬間、グシャリと鈍い音を立てながらまるで先に切り飛ばした倒木のように地面へ叩きつけられた。
薄れゆく意識の中、人外は確かに見た。
人間の首に巻かれた黒い布の下にあるものを。マフラーで隠された、歪な──
「ああ、首筋が痛えよバカヤロー」
狼顔を持つ黒の精霊は最後にそれだけ聞き取り、程なくして意識を失ったのだった。