第一章 トラブルは横暴幼女と共に


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「リッキー! リッキーリッキー!」

 旭陽(きょくよう)。

 東の空が明るい。

 降り注ぎ始めた陽光が山々を埋め尽くしている新緑を照らす。

 暦の上では春なれど、夜明けの空気は未だに冷える。証拠に、山腹から上はうっすら霞みがかっていた。

 かつては断層運動、隆起、火山活動、堆積、浸食などの地理的要因により形成された岩石まみれの無骨なこぶも、月日の経過と気候次第で景観を変える。木々が生い茂るこの山地も、はるか昔は岩に覆われていたのだろうか。

 そんな山の麓。

 少し拓けた場所にある山小屋に、幼い声色が響く。

「早く契約しないとおまえアレ、なんかひどいんだよー!」

 よくわからない言い回しだった。

「ここまで来て契約しませんとかだったら、その、いろいろひどいんだよー!」

 頭の悪い言い回しとも言える。

 脅し文句なのか、それとももっと別の糾弾なのか。

 それにしては言葉選びが粗雑すぎて要領を得ない。声の主が桃色髪の幼女だから、それも仕方のない話ではあるが。

 しかし幼女は幼女で至極真面目な顔でなにかを訴えようとしている訳で。

 加えて、話の受け取り手である人間もしっかりと目の前にいる訳で。

 だから、例えここが他に民家の無い辺鄙なだったとしても、こんな早朝から叫ばれては迷惑極まりないと感じる相手が真正面に存在するという訳である。

 しかも、日の出と共に叫び倒される生活がかれこれ六日も続いているともなれば、対象者の精神状態もかなり危うい域に達しているに違いない。

 この状況を打破できるものならば、とっくにやっている。

──こんの糞ガキ。前のヤツは二秒で帰ったぞ。

 心中で悪態をつきつつ、この惨事に現在進行形で応対中の青年リッキーは、眠い目を擦りながらようやく口を開いた。

「お前の言動のがひどいわ」