終章 始まりは終わりと共に
元自宅が粉々に吹き飛んでしまっては転居にかかる資金も一緒に吹き飛んでいそうなものだが、イアンはそんなヘマはしない。
闇医者ともなればいろいろと込み入った事情もあり、金だけは自宅と別の場所に保管してあったので資金準備には困っていない。
新住居は借りるつもりはない。一括して購入する気だ。
今いる居住区は少々上り下りがキツい区画ではあるが、綺麗で広くて静か、という好条件を兼ね備えている。
──しかし薬品の管理が、な……。
そんな感じで静かに悩んでいると、
「ぬふぁ……」
イアンが座っている四人掛け椅子の端に腰を掛けながら物凄い勢いでうな垂れている幼女を発見した。
桃色の髪をポニーテールにしていて、着ている服はこの街では他に見たことのない露出が多めの一風変わったデザイン。細い首筋には造形の複雑な幾何学模様が刻まれている。
知る者がみれば、それは魔法陣だとすぐに分かる。
──この子供は。確か……。
あの時、死にかけていた幼女だと思い出すのに時間は掛からない。
という事は、
──あのバカも、どうやら何とかなったらしいな。
しかし、どうしてこの子供がここにいる? とイアンは内心、首を傾げる。
あの男が契約を交わしたのならば、少なくとも近くには置いておくはずだが、あの事件以来顔を合わせていないからリッキーの事情は分からない。
元より、顔なんて合わせたくもないからわざわざ会ったりはしない。
考えられるとすれば、迷子か。と、そんな事を考えていると幼女の方から声をかけてきた。
「もしもし亀よ?」
「…………」
誰が亀だ。とは言い返さない。腹で留めるイアン。
「……迷子か?」
そう問うと、幼女はあからさまに斜め上を向いて口を尖らせる。
「ううん。全然ちがうよ。ただね、チョウチョがフワーってきたからね、追いかけてたのですッ!」
「下手くそか」
迷子だった。