第三章 終末にはまだ早いと精霊魔術師は云う
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裏通り。
爆発に次ぐ爆発で周辺は瓦礫にまみれていた。
普段から人通りは少ない方だし、住人同士の近所付き合いもほぼ皆無という居住区としても人間性としても寂れ切ったところではあるが、そんな殺伐とした空気感を好む人間は割かし多い。
イアンもその中の一人だった。
瓦礫の山から見下ろす風景の中に大量の骸骨たちが蠢いているのが見える。
イアンは、骸骨たちの更に後方にいる黒霧纏いの妖女へ向かって言った。
「そちらの認識の対象をずらした」
リッキーはもう裏通りにはいない。
骸骨たちの追跡も受けず、瓦礫の山を駆け下りて大通りへ飛び出していった。それもひとえに、イアンの力があればこそ。
「友達想いなのね」
と、黒霧纏いの妖女ヘルは妖艶に笑う。
「自分は残って足止めなんて、いい男ね」
生気を感じない青ざめた色の肌でありながらヘルが纏う雰囲気は艶めかしく、まるで相手を惑わして魅了する悪魔を思わせる。
しかしヘルが持つのは魅了の力ではない。
彼女が持つのは、霧を媒介に死者の魂を操る死霊使いの能力。
「だけど残念。貴方を殺してお友達の後を追わなきゃ」
ヘルが右手を持ち上げるとそれに呼応するように瓦礫の下から骸骨が溢れ出し、裏通りが白で埋め尽くされる。
カラカラとした珍妙な笑い声が一つ上がればそれにつられてカラカラと。隣が鳴けばそちらに引っ張られるようにカラカラと。からからカラカラ。白の塊が頭を揺らして輪唱する。
そんな大合唱の中でヘルは静かに艶っぽい声で言う。
「貴方の力はとても厄介。だけど致命的な欠点がある」
欠点。
しかも致命的な。
ヘルは一拍置いて核心を告げる。
「認識をずらす対象が増えると、貴方にかかる負荷も大きくなる」
それに対して、イアンは何も言わなかった。
数の暴力ほど止めようのないものは無い。