第三章 終末にはまだ早いと精霊魔術師は云う
「父の名の元に生まれ与えられた真名を偽る事は出来ない。例えそれが如何なる傲慢だったとしても純然たる怠惰だとしても、逆らう事は時の遡行よりも禁忌である」
そんな存在は一人でいい。
それすらも支配できる存在がいい。
「それでも右なる者と私は違う。父より受け譲りし十の感情が悪だと云うのならば、切り捨てると云うのならば、黒を暗に変えてみせよう。真でもなく偽でもなく、庸として沸き起こる暗黒を、せめてもの世界にしよう」
だからヒューゴーは求めた。
自然すらも超越する存在を。
「帰る事はままならない。還せと云うならもう晩い。ああ父よ、私は左なる者。この身に与えられた真名を、貴方を焼き尽くす事が私の全うすべき使命ではないだろうか。新たな感情を生み出そう、切り取り、張り付け、継ぎ足そう。故に私は、境界を、踏み、越える──」
ヒューゴーは、手元に一枚だけ残した幼女の羽根に目を落とす。
これが最後のピース。
これを然るべき場所に配置すれば魔法陣は完成する。
完成すれば元に戻る事は出来ない。しかし、戻る気など無い。
だって、自分はこの日の為に数えきれない犠牲を出してしまっているのだから。ともすれば、この魔法陣を完成させる事がせめてもの弔いになるのではなかろうか。
ヒューゴーは最後の詠唱を紡ぐ。
「──堕落の烙印を捺されし者に、救済を!」」
そして手元に一枚だけ残っていた幼女の羽根をヒューゴーは定位置へ──自身の胸へ突き刺したのだった。
直後、魔法陣から溢れ出る光が急速に黒へと転じ、世界が暗転した。