第三章 終末にはまだ早いと精霊魔術師は云う


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 雨が岩を叩く。

 カソックの男ヒューゴーは雨に濡れつつ、大翼の幼女を脇に抱え、アザリアから少し離れた荒野に足を運んでいた。

 周辺には岩石が大小転がっており、足場が悪い。

 恐らくこの土地を開拓した時に出た廃棄物の類だろう。今いる位置が荒野の中にある街道から大きくずれているという事もあり、整備は当然のごとくされていなかった。

 とは言うものの、街道ですら通行に支障をきたさない程度の整備で済ませてある風であったから、普段からあまり利用されてはいないのだと思われる。

 加えてだだっ広くて見晴らしも良く、アザリアの南門の上から見渡せば監視も済んでしまうから駐屯のための詰所もない。

 ただ前述した通り普段からあまり使われていない区域を誰かがしっかりと見張っているわけもなく、実際、ヒューゴーが南門を使って外に出た時は初老の門番一人が鉄柵も下ろさず、ぽつんと立っているだけだった。

 この事からアザリアの管理体制としてはこの荒野は運用上さほど重要視されていない区画であることはなんとなしに読み取る事が出来た。

 そんな風に言ってしまえば、それはまるで監視の目があると都合が悪いと暗に言っているように聞こえるが──本当の事だった。そっくりそのまま、その通りの意味合いで人の目につく街中では都合が悪かったのである。

 理由はヒューゴーの足元にある。

 荒野の地面の上を走る石灰か何かで描かれた白線が描くは幾何学模様。

 魔法陣。

 大の魔法陣だった。

 直径にしておよそ八メートル。円形の枠の中には一筆書の六芒星が刻まれ、要所端々に文字が散りばめられている。

 散りばめられた文字は単一で役を示しており、枠の外周に沿うように並べられた文章がそれら全てを囲んでようやく意味を成す。

 ──こんなものか。

 胸中で呟いてヒューゴーは魔法陣の中心に向かう。