第三章 終末にはまだ早いと精霊魔術師は云う
「私は精霊契約については、そう詳しくない。それを踏まえてお前の見解を聞かせろ。私は仮定する。あの男たちの力、」
咳払い。
「一度に行使できるのは、二人のどちらかだけじゃあないのか?」
「────」
イアンの言葉でリッキーの思考は、答えに最も近い正解に辿り着く。
「ああ。多分な」
そしてだからこそ、今、何をすべきか分かる。
リッキーは苦虫を噛み潰したような顔をしながらイアンを見る。
息も絶え絶えに、口端から垂れる赤が止まっていない。
こんな怪我人を巻き込まなければ成し得ないことに及ぼうとしている自分を、リッキーは自分で嫌悪する。しかし恐らくこれしか方法はない。
カソックの男と妖女精霊ヘル。
この二人が同時に精霊魔術を使うことが出来ないとすれば、距離を隔てそれぞれ一対一で対峙したうえで精霊魔術の使用を片方に偏らせ、撃破するしかない。
そして、今この場において精霊魔術に対抗してなお生き残る事ができる者がいるとすればそれは一人しか居らず、つまり──
囮が必要だろう?
そんな事を言いそうな、分かり切った目をイアンはしていた。
立ち上がりながらイアンは軽薄に笑う。
「さすがに馬鹿でも分かるか」
そうやって吐き捨て、壁から背を剥ぐも足元が覚束ない。
リッキーはふらつくイアンを支えようと肩を組もうとしたのだが、突き放されてやはり拒否された。
なんとか自立している状態のイアンがゆっくりとした動きで足を一歩前に踏み出す。
ギシリ、と。身体が軋む。
「お前と日和るつもりは、無い」
また、一歩。
「だが、私がここを請け負う」
更に一歩、足が踏み出された。
踏み出すたびに血が落ちる。ぱたり。ぱたり。と赤が滴る。
イアンは究極な話、巻き込まれた人間である。ここまで命をすり減らす必要はない。皆無と言ってもいい。