第三章 終末にはまだ早いと精霊魔術師は云う
咳に乗って血が飛んで、口腔の奥から滲み出る赤が口元から垂れる。
ぼたり、ぼたりと。
「バカヤロー! 血ィ止めてから喋れや!」
見兼ねたリッキーがふらりと倒れそうになるイアンの腕を掴んで引き寄せる。だからと言ってイアンが口を閉ざすかといえばそんな事は決して有り得ず、
「もしも精神が二つあったとして、その二つが全て思い通りに同調する事なんて有り得るのか? 生身の人間が二人いるだけでも、意図しない干渉を起こすというのに」
悠長に声を発し続ける。
「あの男、精霊契約とか言っていたな」
「ああ? とりあえず、ここから逃げる方法を──」
「じゃあ精霊契約とは、果たして一体どんな原理なのだろうな」
イアンの言葉に、唐突な沈黙が到来した。
精霊契約。
それは、人が魔力を貸す代わりに受け取り手である精霊が自身が行使する力を貸し与える行為の名称である。
契約を終えた人間と精霊には、それぞれ同じ型の魔法陣(契約陣とも呼称される)が体のどこかへ刻まれる。
というのが主だった概要だ。
この程度の事であれば世界の誰でも知っているし、無論、リッキーもイアンも類に漏れず知っている。知っているし、リッキーに限っていえば契約にまつわる失敗を経験していたからこそ、もっと、更に、踏み込んだことも知っている。
精霊契約の本質。
人間が日常生活に不要だった魔力を精霊に貸し、それに呼応した精霊が自身の力を貸す行為という契約の側面だけみれば、友好的関係に見えなくもない。
しかしそういう事であれば、どちらかがどちらかを裏切る可能性が見いだされてしまう。
例えば人間が魔力を渡してもいないのに精霊から能力を受け取ったり、例えば精霊が能力を渡してもいないのに人間から魔力を受け取ったり。