第三章 終末にはまだ早いと精霊魔術師は云う
「見ろ」
イアンに促され、リッキーは周囲を見渡す。
視界に入るは霧、霧、霧。
あの不吉を具現したような男が纏って放って操っていた黒霧が辺りを漂っている。だが、厳密にいうと先のそれとは少し違うかもしれない。
霧が覆う空間の範囲が先ほどまでとは比べ物にならないほど拡大しているからだ。併せてその濃さも。
ややあって黒の濃霧が渦を巻きながら一点に向かって収束しだし、その中心から裸体の女が浮き出るように姿を現した。
黒の麗髪で片目を隠し、艶のある唇と憂いを帯びた瞳が妖しく光る。
精霊ヘル。
カソックの男が契約を結んでいる精霊だった。
「あの男、自分の精霊だけ残して立ち去ったらしい」
言われてみればカソックの男の姿が見当たらない。併せてティアも。
恐らくは、女神の覚醒を完全なものへとするために場所を移したと思われる。
だとすれば、一刻も早く足取りを追わなければ。
しかし、今は状況を冷静に判断しなければならない。
カソックの男が立ち去り、いなくなった代わりに今度はその契約精霊が目の前に立ちはだかっている。
これが一体何を意味しているのか。
その答えが出るのは、早かった。
精霊ヘルが左から右へ腕を水平に切り払うと同時にその軌道を追って黒霧が発生して一瞬で規模が倍以上に広がり、骸骨たちが姿を現す。その数じつに二十を軽く超えている。
呼び起された骸骨たちはヘルがもう一度腕を振るうのを皮切りに、リッキーとイアン目掛けて一気に飛びかかった。
「──ンなろッ!」
リッキーは咄嗟にイアンの腕を掴んで瓦礫の山から飛び降りようとしたのだが、その一瞬の中でイアンが何かを呟いていることに気付いて空白に身をさらした。
そこでリッキーは驚愕した。