第二章 危殆はトラブルと共に

 袖から覗く腕は病的に細く、色白と言うより蒼白に近い。しかし纏った雰囲気はその白い肌に反し黒に染められていて、不吉を、そう。不吉を具現したかのような男だった。

 男は続けて言う。

「女神の覚醒を導いてくれたようで手間が省けた。探す手間も省けて感謝する」

 沈黙。

 何を言われたのかリッキーは理解ができなかった。

 数瞬使って耳に飛び込んで来た言葉を頭の中で反芻し、それでも理解が追い付かず、半ば無意識に男の言葉を反復するかたちで発音する。

「女、神……?」

 今この時この空間に女は一人しかいない。ということは、まさか男の言葉はティアを指しているのだろうか。

 雪のようにふわりと舞い散る羽根の中、ティアは広げた純白の大翼で神々しくまた同時に荘厳に不気味に空中を浮遊している。加えて、幾重にもなった魔法陣を映す瞳は全てを見透かしているかのような玄妙さを漂わせている。

 女神とは言い得て妙だ。

 これほど今のティアを的確に表現できる比喩はない。

「覚醒の手順を知っているという事は、君も先導者(王)になろうという口かな? リッキー君。それともイアン君の方か?」

 男の言葉にリッキーとイアン、二人の眉尻が跳ねる。

 なぜこちらの事を知っているのか。

 その疑問は大きい。だが、今はそんなことなど差し置いて余りある追及すべき重大な疑問がある。

 覚醒とは何だ?

 そこに至るまでの手順とは何のことを言っている?

「……何の話だ?」

 そう切り返したのはイアンだった。