第二章 危殆はトラブルと共に

 不意に、幼女が、クルスティアン・ポポリオーネが、ティアが、彼女のそれとは思えない抑揚のない声で何かを呟いた。誰にも理解できない言葉で。ともすれば、人間が知り得ない聖なる言葉であるかのような、人間ごときが扱う事の出来ない秘なる暗号であるかのような、そんな神妙ささえ覚える。

「これは……誰だ……?」

 イアンが呆然としながら言葉を漏らす。

 ティアが吐き出す温度のない声色もさることながら、イアンは彼女が纏っている霊妙さに思わず固唾を飲んだ。

 およそ子供が持ち得る佇まいではない。

 しかしながら前提としてティアは精霊である。

 人とは別の高位生命体。その事実を思い出せば、なるほどどうして、人が考え至る事ができる事象の範疇を超えるなど容易いのではないかと思えてくる。

 そんな、目の前で起こる奇想天外空前絶後な状況のせいで見落としてしまっていたと言っても過言ではない。聞き逃してしまっていたと言っても差し支えない。外へとつながる扉がいつの間にか開いていることにリッキーとイアンは気付けなかった。

 カツリ、と足音が響く。その音で誰かが屋内へ入って来たことにようやく気付いた二人は、一斉に後ろを振り返った。

 黒のカソックの裾が優雅に揺れる。

 カソックと同色のブーツが床を踏み鳴らす。

 大雨に見舞われている外を歩いて来たにも関わらず、身に着けた衣類や履物には水滴一つ付いていない。雨粒はその人物を円形状に取り巻く黒霧に全て受け止められていたのだった。

 パチン、と指を鳴らすと同時に霧は消失し、支えを失った水滴がその人物を避けて一斉に床へと落ちる。

 そしてその人物は、茶髪のロングウェーブの間から覗く顔をにんまりと歪ませて言った。

「ごきげんよう」

 肉付きの薄い顔が影っている。