第二章 危殆はトラブルと共に
さきほどまでの呆然とした表情はどこへ行ってしまったのか。普段通りの表情で。いつもと変わりない冷静な口調で。
そんなイアンに対して男は淡々と返す。
「とぼけるのはよし給え。運命の女神といえば子供でも知っている伝説だろう」
運命の女神。
確かにその話は有名だ。
かつて天地を分かつ聖戦があった──という書き出しから始まるおとぎ話がある。
それに登場する有翼の女神は人々の純粋な願いより生み出された存在で、勝利を呼び込む戦神であったとされている。
女神は気まぐれで神出鬼没で放浪癖があったとされ、世界各地にふらりと出現しているらしかった。そのため呼び名が複数存在するのだが、語られる彼女の力はあくまで一つ。
傾世の武力。
世界を傾けるだけの力を女神は持っているのだという。
しかしながら女神はおとぎ話に登場する架空の存在。世界には実在するはずのない空想上の人物である。
「私も初めはそんな者など存在しないと思っていたのだがね。居たのだよ、実際に」
カソックの男は顎をさすりながら言う。
「女神は先の戦争で力を失い、眠りに就いている」
先の戦争とは聖戦のことを指しているのだろうか。
女神が存在するというのならば確かにそれに関わる聖戦も実際にあったとするのは道理ではある。同時に、カソックの男が言う通り、おとぎ話の中で力を使い果たした女神は永い休息についたと書かれているので辻褄は合ってしまう。
「そんな女神を覚醒させるには一度仮死状態にし、そこから魔力を回復させて刺激を与えてやる必要がある」
男の言葉でリッキーとイアンの脳裏に先ほどまでの衰弱していたティアの姿が蘇る。