第二章 危殆はトラブルと共に
まるで初めからそこに居たとでもいうような、というか実際彼女はそこに居たのだが、そこに居るという認識が薄れてしまっているような錯覚を起こすほどにその存在は儚げで、浮かべた微笑みは更に朧げだった。
女性。
簡素な白のワイシャツと黒いエプロンを身に着けた女性だった。
緩く三つ編みにした髪の毛を指先で遊ばせながら、その女性は口を開く。
「ひれ伏しなさい」
瞬間。
空気が固まるのをリッキーは感じた。
時の流れが一瞬にして止まり、凍結されてしまったかのような錯覚に襲われる。
小さな花でも咲いているかのような彼女の笑みは微動だにしない。しないのだが、瞳から放たれる光は、眼光は、文字通り全てを停止させてしまいかねないほどの冷気を孕んでいた。もしかすれば孕んでいるのは冷気だけに留まらないのかもしれない。
そんな第一声。
軽視をすれば気優しそうな女性。凝視をすれば底知れない何かを持つ女。
二面性。
偶然にも、もしくは必然かもしれない。この家屋が有する二つの顔と何か通ずるものがある。
こうも重ね重ね、被せ被せであれば、魔女と呼ぶのもやぶさかではない。
面を食らい、完全に挙動を停止したリッキー。
しかし、次の一言で世界は鼓動を再開する。
「あら間違えたわ。いらっしゃい」
「どんな間違えだ!」
たまらず繰り出したリッキーのツッコミは、もはや脊椎反射の領域だった。
「だから間違えたと認めているでしょう。出会い頭に何なの貴男。何なの買男」
「字面は似てるが共通性は皆無だ! 意味が分からねえ!」