第二章 危殆はトラブルと共に
見紛うわけがない。
その指輪は、薄紫髪の優男がいつも付けていた指輪に間違いない。
「──マルス!!」
リッキーの叫びが洞穴に響き渡る。
それに反応するように異形の右手がぴくりと動く。
「マルスなのか!?」
更にぴくんと異形の右腕が反応する。そして異形は絞り出すように言葉を紡いだ。
『……坊ちゃン。私を、殺してくださイ』
「うるせえ! まだ何とかなるはずだ!」
『お願いでス。私ヲ──』
「──!?」
言葉の途中で異形の剛腕が振るわれる。風を斬る速度で放たれた左腕はリッキーの頬を掠めて再び地面に突き刺さった。突き刺さって、コンマ一秒置かずに左手が薙ぎ払われた。
リッキーの喉が干上がる。
躱すことも出来ない。受け止める事もできない。剛腕による振り払いの直撃を受けたリッキーは、弾き飛ばされて洞穴の壁に叩き付けられた。
肺に溜まった空気が一気に押し出され、鉄の味が込み上げる。
ずるりと壁から落ちてうつ伏せになり、リッキーは口に溜まった血を吐き出す。壁に衝突した衝撃で内臓をいくつか持っていかれたらしかった。
同時に、マルスが自我を保ち切れていない事を悟る。
四つん這いになって顔を上げると、異形が言った。
『早ク……! 私ハ、』
轟! と三度(みたび)剛腕が唸る。
内臓のダメージで即座に動けないリッキーは、迫る左腕に思わず目を瞑って顔を背けた。
のだが、
痛撃が来ることは、なかった。
目を開けてみれば、異形の左腕の軌道が僅かにずれて後ろの壁に突き刺さっている。