第一章 トラブルは横暴幼女と共に
バロックが所属する部署は、王都上層部の管理下にある内部監査部門。組織の中でも秘匿され、日の目を見ることもない根の者である。はずだったのだが。
何処から漏れたとバロックは驚嘆する。こんな事はあり得ないと瞠目する。
「悪いな。私には鼻の利く隣人がいてね」
男は両手を広げて、
「精霊契約とは便利なものだ」
次の瞬間、黒い霧のようなものが男の体から噴き出した。
ゆらゆらと揺らめく漆黒のそれは即座に青年を取り囲んで覆い尽くし──
馬の嘶きと共にようやく馬車が動きを止めた。
窓の外を見てみれば、白亜色の巨大な外壁とそこを通り抜けるための門が視界に入る。
豪奢な装飾が施された馬車の扉が開く。そこから降りてくるのは、黒いカソックを纏った茶髪の男ただ一人だけだった。
男は、直立不動で佇む門番に近づいて告げる。
「ご苦労。王都より来たヒューゴーだ」
痩せ細った手で提示する通行証は、猛禽類の翼を模した紋章。
「これはこれは、長旅ご苦労さまでした。しかし予定時刻より随分と早いようですが」
「仕事は早く終わらせるに限るだろう。君」
「ははは、ご尤もで」
軽く相槌を打って門番は男を誘導する。
「開門!」
門番の声に反応するように門の機工が稼働し、格子状の門扉がせり上がっていく。
完全に扉が開ききるのを待たずに門をくぐる男の顔を影が覆い、気味の悪い薄ら笑いを有耶無耶にして隠す。
「──さて、女神はどこだ」
その小さな呟きも、門扉の稼働音に掻き消され、誰にも聞こえない。