序章 情動の水面に澱む
だのに、明確な痛みを脚に感じない。
それはもしかすると脳が興奮物質で満たされているせいなのかもしれないが、痛覚自体にフィルターのようなものが掛かっているかのように不明瞭で鈍く、はっきりとしない。
そして、いよいよ少女の意識が離反を始めた。
見上げた星空がぐにゃりと曲がって薄れていく。
「──おい! 大丈夫か!?」
唐突に、誰かの声が聴覚を揺すった。
どうやら大通りとは反対側の道を歩いていた男が少女を見つけたらしい。駆け寄って矮躯を抱きかかえ応答を試みるが、少女から返答はない。
男は会話を諦め、今度は作業着の上に羽織っていたスタジャンを少女の脚に巻き付けて止血する。
「駄目だ、止まらない……」
ゆっくりと閉じられる少女の瞼。
心臓が叩く拍動が徐々にその力を弱めていく。
しかし少女は薄れゆく意識の中、しっかりと耳に留めていた。
「絶対に助けてやるからな……!」
焦燥に満ちた男の声と、
切裂早姫(きりさきさき)・LOSE_
ペナルティーが発生します_
アスファルトに転がるスマートフォンが吐き出す、冷たい機械音声を。
程なくして早姫の全感覚が暗転した──