序章 情動の水面に澱む
冷たく、重く、鈍い。
吹き出してくる脈々たる情動は鋼鉄でも溶かしそうなくらい灼熱しているのに、しかし自身の左脚はそれに呼応することはない。
破裂しそうなほど明滅する拍動も、膝で打ち止められて外に全てを垂れ流す。
──切り、取られた……!
うつ伏せになって地面に這いつくばる少女は、胸中で驚愕しながら左脚の虚空を見て歯を食いしばった。
膝から先が丸ごと無い。
断面から鼓動の度に燃えるような赤が溢れてコンクリートに広がり、文字通り血の海を作り出している。
その出血量は、身長百四十九センチメートル、体重三十四・二キログラムという矮躯から考えれば、失血死に値するラインを軽々と越えている。それでも少女の意識が未だ頭蓋から離れないのは、左脚を奪った仇敵の姿を己が瞳に焼き付けるためだ。
しかし、それは叶わない。
腕の力だけでようやく身体をコンクリートの地面から剥がして前を見ても、視線の先には誰もいない。
そこにあるのは、両脇に立ち並んだビル群とそれに狭められた裏通り。そして、道の終点で合流する大通りを走る車の横っ面が、瞬くようにちらついているだけだった。
少女は腕の力を抜いて再びコンクリートに張り付き、奥歯を噛みしめもう一度力を振り絞って仰向けになった。
紺のプリーツスカートのポケットからスマホを取り出して操作しようとしたが、血で滑落し顔に当たって手が届かない所まで転がった。
少女は思う。
自分は、死んでしまうのだろうか。
呼吸が上手くできない。
出血量は致死のそれに値している。
身体は思うように動いてはくれない。