第一章 虚無に満ちる人造秩序
「ですが退かないと言うのであれば、」
コレクターは灰色の瞳のまま早姫に手をかざして告げる。
「俺は貴女を殺します」
温度の無い声が耳に届いた瞬間、早姫の腹部に点線の横一文字が映しだされる。点線は早姫の身体だけに留まらず、路地の左右に建ち並ぶビルにまで及んでいる。
これは何かの予兆なのか。何が起こっているのか理解が追い付かず、呆けて空白に身を置く早姫の背中に怒声が刺さる。
「──屈め! 早姫ちゃん!」
それが義景の声だと気付く前に早姫はアスファルトに身を伏せる。
直後、鈴の音のようなか細い高音が残響し、路地脇のビルが切り崩れた。
轟音を立てながら切断面に沿って砂埃を巻き上げ滑り落ちていくビルを見ながら早姫は微かに漂う残響を聞いて驚愕する。
──斬撃音だと……!?
己が刀を振るう剣士だからこそ分かる音。だが、コレクターは斬撃を放てるであろう大鋏を振るってはいなかった。よって考えられるのは──と、五感が捉えた情報を分析していると義景の脇に抱えられた。
「逃げるよ」
スマートフォンを操作しながら義景は言う。
身をよじって抜けだそうとしたがそれは叶わない。元より義景は成人男性だ。筋力では敵わない。加えて、右腕の傷が筋肉を切裂き骨まで届いているせいでまともに動かす事もままならないともなれば、いとも簡単に押さえ付けられるのは道理だった。
「逃げるからね、暴れないでくれよ……!」