第一章 虚無に満ちる人造秩序

 何に対して無駄と言っているのか早姫には分からなかった。しかし、自分の身体に起きている変化に気付くのに時間はかからなかった。

 右の上腕から血が滴る。流血に伴って急速に力が抜けていく。

「貴女は運が良い。あの場面で斬撃ではなく掌打を選択したのですから」

 静かにそう漏らすコレクターの手に握られた大鋏の刃には、血糊がベッタリと付いていた。

 現状に直面する早姫の瞳孔が揺れる。

 腕に残る余韻は痛打のそれではなかった。創傷による、ただの痛みだった。

 攻撃を受けていながら気付くことすらできないのは愚鈍の極み。

 自分は先刻の一撃に、傷を負った事にも気付かないほど得心していたのだろうか。相手に得物を抜かせた事にそれほど満足していたのか。左脚は鉄にすげ替え意のままに操る事も出来ないばかりか、体格で勝つ事すらできないのに。

 これは慢心。

 傷を負ったのは自分の驕り。

 相手の方が何枚も上手だった事を思い知る。

 早姫は奥歯が砕けそうなほど噛み締めて己の愚劣さに憤る。

「今退くと言うのなら、見逃すこともやぶさかではありません」

 コレクターの言葉に早姫の奥歯が更に軋む。

 これはただの気まぐれ。お前に興味がないという事実は今を以っても変わらない。コレクターは暗にそう言っているのだ。

 相手が刃を抜いた事を、さも自分に興味を持たせたと勘違いした事。そのうえで手傷を負わされた事。そしてコレクターは、逃げたいのならば追いかけはしないから逃げればいいと口走る。これ以上の屈辱を噛み締めろと、そう言い放つ。