第一章 虚無に満ちる人造秩序
──だがなぁ!
上を守れば、
──下が留守になるんだよ!
カクン、と蹴りの軌道が直角に折れ曲がり、ローキックがコレクターの下腿三頭筋(ふくらはぎ)に突き刺さる。初のクリーンヒット。早姫の連弾はそれだけに留まらない。
バックステップで距離を取るもバランスを崩し無防備になるコレクターの顔面目掛けて切っ先を突き放つが躱される事は想定済み。しかし刀は引かない。手を引っ込めるコンマ五秒以下のロスを削りそのまま飛び込んで右の前蹴りを鼻っ柱に叩き込む。
たまらず仰け反るコレクター。この好機を逃す手はない。早姫は彼我の距離を更に詰め、浮き上がった顎に振り下ろしの掌底を捻じ込んでコレクターをアスファルトに叩き付けた。
脳を揺らす顎への一発に加え、後頭部へ追撃のおまけ付き。
渾身の痛打が決まったのを確信した早姫は後方へ飛び退って一度間合いを空けた。
未だ腕に残る余韻。
これ以上ない手応えだった。
のだが、むっくりと上体を起こし、大鋏を支えにコレクターは立ち上がる。灰色の瞳はそのままに、折れた鼻を表情一つ変えず元の位置に戻しながら。
それを見て早姫は奥歯を噛みしめる。
立ち上がってくる事は予想していた。だが、手応えがあっただけに実際に目の当たりにすると思いの外ショックを受ける。
──やっぱり、
早姫は左手の刀を握り直して目を細める。
──斬撃(こっち)じゃねえと。
そして、デュランダル・オンラインの憎たらしいまでの再現性を呪った。
早姫とコレクターの間には、どうしようもない根本的な差が存在する。