第一章 虚無に満ちる人造秩序

 それに追従して腰と刀を結ぶ紐が伸びる。紐の材質は手足の黒と同じ。伸縮性に富んだ紐は刀の動きを阻害することなく振り切る事をすんなり許容した。だがそれは、逆をいえば打撃を当てられなかった事を暗に示していた。

 否。

 ──躱された!

 空を切る鞘付き刀。背後からの一撃であったはずなのに屈んで避けられたのは何故か。踏み込みの音を掴まえられたか、打ち込みの風圧を捉えられたか。

 それも否。横合いから来る視線を感じ、早姫は目だけ動かしてそちらを見た。

 ビルの側面。

 その一面に張り付いたガラスに映るコレクターと自身の姿。反射したコレクターの虚像と目が合い、時が止まったような錯覚に陥る。極限の集中状態の下、引き伸ばされた一瞬の中で早姫は瞳から流れ込んでくる雷光の如き視覚的情報を処理する。

 音でもない、風圧でもない、捉えられたのは動きそのもの──コレクターの目線が動く──次いで微動する左肩と右足、カウンターの可能性──今の体勢から考えられる攻撃は相手の情報が少なすぎて絞り込めない──ならば後退して回避──されど否。

 次の挙動が不測であるのは双方同じ。

 相手の反応速度と挙動の予兆を逆手に取れ。反撃の隙を与えるな。連撃を、

 ──叩き、込め!

 長い一瞬の終わりと同時、早姫は刀を振り抜くことで発生した遠心力を利用し、左脚を軸に体ごと回転させ、地を這うような右脚の下段後ろ回し蹴りを放った。これに対しコレクターは後方に距離を取って回避。早姫は打ち損じの蹴り脚をアスファルトへ叩き付けその勢いで前に飛び出し、右腕を振るった。