第一章 虚無に満ちる人造秩序


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 地べたに座り、壁に背中を預けて空を見上げていると真横にある扉が開く。視線をそちらへ移動させると屋内から出てきた作業服の男と目が合った。

「おっと早姫ちゃん早いね。待った?」

「ううん。いま来たとこ」

「そう、じゃ入って」

 扉横の外壁に鉄板で出来たプレートが男の手によって掛けられる。その斜め上にある軒先から吊り下げられた掛看板には屋号の表示が。

 機工義肢屋アジェンツ・センス。

 開店。

 中に入ると鉄製の無骨なカウンターと作業用の機器が見え、同時にオイルの匂いが鼻孔に飛び込んでくる。カウンター上には書類と領収書が束になっていて、その後ろにあるブラックボードには発注や受付の伝票らしきものが磁石で張り付けられている。

「散らかってるけど気にしないでね」

 言って男は椅子を引っ張り出して早姫の着席を補助してからカウンターの奥に回る。そして紙を一枚取り出してカウンターの上に置いた。

 ──これは?

 疑問符を浮かべて紙を覗き込む早姫。

 そこには、こんなことが書かれている。

 機工義肢施工の行程、所要時間、費用について。一番下にサイン欄。

 つまるところこの紙は、

「同意書だよ」

 と男は言う。

 同意書の片隅には施工者となる男の名前も刻まれていて、早姫はそれを見て、やはり外見に似合わず古風な名前だなと思いながら近くにあったペンを手に取って早速サインを書き込んだ。