第一章 虚無に満ちる人造秩序

 メンテナンスの終了予定時刻は午前六時。

 最低でも二時間はかかる見込みらしい。

 しかしメンテ終了直後にまた会いましょうというのは難しい。

 ここはあくまでゲームの世界。まだ週中だから、社会人や学生のほとんどは現実世界でやらなければならない事があるはずだ。

「とりあえず、待ち合わせの時間だけでも決めておこうか」

 男の提案に早姫は頷く。

「僕はたぶん夜の九時くらいにログインすると思うけど、早姫ちゃんは?」

「アンタに合わせるよ」

「じゃ、夜九時くらいで決まりだ。場所はここ。あーそれと、これ渡しておくね」

 男がスマートフォンを操作すると虚空から何かが出てきて床に落ちる。ごとりと床に身を横たえるそれは、棒に靴がくっついただけの簡易義足だった。

「簡単な移動くらいならこれで足りるでしょ」

 早姫が早めにログインしてもある程度は動けるように、という男からの配慮。早姫は渡されるがままそれを受け取り、自分のインベントリへ突っ込んだ。

 それから男は工房にある機器の電源を全て落とし、部屋のダンボールを片づけてからログアウトしていった。

 男は最後まで自分から名前を言わなかったが、去り際に交わしたフレンド登録でいまさらながら名前が判明した。

 人物イメージとはかけ離れた古風な名前だな、と思いながらスマートフォンいじる早姫。画面に映るフレンドリストを見ていると、ぽーんと唐突に丸みを帯びた電子音が鳴り響く。音の発生源はスマートフォンではなく、上空。

 壁伝い、物伝いに片足で床を蹴って外に出て空を見上げると、発光する白の文字群が空中で列を成しているのが視認できた。

 宙に浮くデジタルクロックが秒単位でメンテナンス開始までの残り時間をカウントダウンし、その上に次のメンテナンスワールドの名称が表示されている。

 神代市(くましろし)、メンテナンスまであと二十分。

 白の文字群が明滅していまだ神代市内に残るプレイヤーにログアウトを促すが、早姫がそれに従う事はなかった。

 早姫は、スマートフォンのマップを開いて現在地から一番近くにあるワールドの境目を検索する。

 幸いにも境目は二百メートル圏内に存在していたのだが、実際に片足で歩いてみるとかなりの時間が掛かり、メンテナンス開始直前に辿り着く事となった。

 境目に飛び込むと高層ビルばかりだった景色が一変し、背の低い建物が並ぶ街並みが目に飛び込んでくる。

 制限時間に間に合って安堵した早姫は、近くのベンチに腰を下ろす。

 ──とりあえず宿でも探さないと。

 そう思うも、しかし一度下ろした腰はなかなか持ち上がらなかった。