第一章 虚無に満ちる人造秩序

 自立の剥奪を余儀なくされた先に待ち構える現実は、時に急襲し、時にじわりと背後から忍び寄る。

 そしてそれは拒否の許されない今となり、理不尽なまでの絶望となって当人を苛む。

 再起の可否は人それぞれだが、心の底に蔓延るのは少なからず闇。他人とは違うというアイデンティティーを強制的に植えつけられるのだ。

 だが、早姫にはその闇がまるで無かった。

 光の宿る早姫の瞳を見て、男は言う。

「早姫ちゃん」

「ん?」

「僕はね、仕事柄、欠損を抱えた人たちと向き合う機会が多いんだけど、君みたいな子に会うのは初めてだ」

 左脚を失いながらその顔には絶望の色は無い。かと言って、へらへら笑って投げやりに現状に甘んじているわけでもない。

 早姫はスカートのポケットからスマートフォンを取り出して口を開く。

「この、世界だから」

 画面をタップ。

 ホーム画面最下段左端から二つ目のアイコン。

 インベントリと銘打たれたリボン包装箱型のそれが展開され、新たなウインドウがポップアップする。

 開かれた画面に並ぶ文字の羅列。

 早姫はその中の一つをタップした。直後に展開される小さなウインドウにはアイテム名とその効力の表記が。

【火蜥蜴の尻尾】

 効果:ゲーム内で消失した身体を再生する。効力範囲は使用者のみ。

 使用の可否を問う窓は即座に選択されて消え失せ、スマートフォンの画面でUSED ITの文字が明滅する。

 そして、明滅に応じるように早姫の左脚が淡く光り出した。

 早姫は先刻言った。左脚を失いながらも全く絶望しないのは、「この世界だから」だと。