第一章 虚無に満ちる人造秩序
電光のように脳内をかけめぐる記憶が正しければ、あの量は間違いなく失血死に値する規模であったはずだ。
だのに心臓は力強く拍動している。
がさり、と。
不意に、突っ張る様に床へついた左手に感触が走った。
そちらの方へ目を向けると、ベッドの上からでは確認できなかった物が見えた。
赤黒く汚れたスタジャン。
床にくたりと横たわるそれを見た瞬間、早姫の頭のもやが消え、意識を失う直前の映像がフラッシュバックした。
早姫は、作業着姿の男の顔を見て問う。
「これ、治療はアンタが?」
左脚の包帯に滲みはない。止血は完璧に施されている。
「昨日のこと、思い出したみたいだね」
そう言って眉をハの字に寄せながら男は小さく笑う。
声。スタジャン。共に早姫が最後に記憶している人間の特徴と一致する。
ただ、早姫が負った負傷はスタジャンで縛って血を止めるなどという原始的な方法で助かる怪我の程度ではなかったはずである。
「医者なの?」
「いや、少し心得があるだけでそんな立派なもんじゃない。僕がしたのは止血剤と増血剤の使用だけだよ。まあ、体力は全快とまではいってないから安静にしといた方がいい」
男は、早姫に肩を貸してベッドに座らせる。
作業着姿の男の体格からすれば早姫の矮躯はとても軽く、ほとんど力を入れずに持ち上げられるほど華奢だ。しかし内包する精神力の強さは少女のそれに見合わない。
肢体の欠如。
持つ者が無くす。
その時に訪れるのは、如何ともしがたい喪失感である。
今まで出来ていたことが突如出来なくなる無力感。