〇〇九
「上官殿! こっち来んな!」
しかし遅かった。
シルベスタの存在に気付いた山羊頭の人外が攻撃の手を止め、一足にシルベスタの元へ跳躍した。地面を踏み砕きながら着地した人外は長方形の瞳孔でシルベスタを捉える。
脚がすくむ。息が上手く吸えない。顔に掛かる人外の鼻息。
元軍事部で戦場にたびたび出兵していても、こんな怪物と対面したことなどない。
恐怖。
身体中が恐怖に支配され、徐々に硬直していく。
山羊頭の怪物が腕を振り上げるのが見える。成人男性一人分くらいの大きさはありそうな豪腕はまるで鈍器。握り拳を作るとさながらハンマーのようで、叩きつけられれば一瞬で肉塊と化してしまいそうなほど物々しい。そして無情にも、その拳は振り下ろされた。
地面に叩きつけられ身体がバウンド。跳ねた所を空いた左拳で捉えられ、シルベスタは弾き飛ばされた。
衝突した建物の壁が蜘蛛の巣のようにひび割れて陥没。
くたりと地面に倒れるシルベスタは、しかしそれでも奇跡的に命を取り留めている。
「…………き……な……ん……ぇ」
遠退いていく意識。
遠くでロニが喚いている声が聞こえたが、何を言っているかはシルベスタには分からなかった。
地面に突き刺さった剛腕が小規模な揺れを起こす。
それに足をとられたロニはバランスを崩してたたらを踏む。瞬時に体勢を立て直すも山羊の怪物となったメイソン・ジョーンズの挙動が速い。突き出された拳に捉えられロニは吹き飛ばされ、瓦礫の山に突っ込んだ。
一足に近付くメイソン・ジョンーンズへ向けてロニは言う。