序、世界の車窓から

「お、前……○公か……!」

 黒のジャケットには悪、白いシャツには正義。グレーのスーツパンツには中庸を司る天秤。

 そして、邪魔くさいと言わんばかりに右手で弛めたクラバットの下にある紋様。首を帯状に囲う刺青には主人への忠誠を。

 それぞれにそれぞれの象徴と意を宿し、背負う者たちを人はこう呼ぶ──魔術省公認魔術師、通称○公。

 ロニは誰に言うでもなく、静かに呟く。

「僕は女だ」

 たしかに自分は、襟付きのシャツにクラバットを巻いて男みたいな格好をしているし、グレーのスーツパンツなんて女っ気の欠片もない物も穿いてはいるが、その下の透け感のある黒タイツはどこからどう見ても女っぽいはずである。外から見ることはできないが。

 手荒な事はしない。

 車外に吹き飛んで行った男が言っていた言葉である。

 ならば、女性に対して兄ちゃんと言ってしまうような言葉の暴力も慎んで然るべきではないだろうか。

 隣に置いた上着を掴んでロニは席を立つ。

 足元には男たちが所持していた銃が転がっていた。拾い上げて機工を見ると、中折れのリボルバーには弾丸が込められていないことが分かる。

 銃としての役割を果たしていない。なぜ弾倉が空なのか。

 まじまじと観察していると前部車両へ繋がる扉が開け放たれ、バンダナの男の仲間と思しき人間たちが入り込んできた。そして車両横に空いた大穴と床に這いつくばる仲間を見るなり、

「どこの野郎だ抵抗しやがる馬鹿野郎は!」

 怒号が飛んだ瞬間、ロニのこめかみに電流が走った。

 ふらりと通路に出て正面を見据えれば、銃を携えた男四、五人の姿が視認できる。