序、世界の車窓から
「【心臓を握るこの掌。我は問う。重みが欲しいか?】」
ロニから放たれる異様な雰囲気を感じ取った男は銃を構え直した。
人間というのは生命の危機に瀕した時、行動の合理性が著しく欠如する。この人間も恐らくはパニック状態に陥っていて、デタラメな行動をしているのだろうと男は推測する。
ならばこの場を一時的に収める手段として、威嚇射撃を放つのが手っ取り早いのではないだろうか。そう判断した男は引き鉄に指を添えた。
引き鉄を引くだけ。
あとは引き鉄を引くだけでこの事態は収束するのに、しかし男は次の挙動へ移ることができなかった。垂れた前髪の下にある、光の無いロニの黒目に射ぬかれ、
「【ならば与えよう】──」
凍りつく。
「──【重圧(リグレット)】」
直後、低い衝撃音が木霊すると同時に男の身体が吹き飛び、後方へ激突。窓と壁をぶち抜いて車外へ投げ出された。
突き出したロニの掌から霧散する黒は、万物を創るとされる不可視の物質『魔素』が具現したもの。そして不可視の物質が具現する現象『魔術』こそが、ロニが放った衝撃波の正体だった。
「そこの男、何をした!?」
音に気付いた男の仲間二名がロニの元へ詰め寄るが、掌を手首の動きだけで下へ向けた瞬間、男たちが床に這いつくばる。
身体全体を上から押さえつけられ、押し込まれているような感覚が男たちを包む。しかもその圧力は徐々に程度を増しているらしい。指一本動かせなくなるうえに、木材でできた床がきしきしと悲鳴を上げている。
「魔術、師……!」
絞り出すように声を吐き出す男はロニの風貌を見て、続けて言葉をひり出す。