序、世界の車窓から
左側頭部に押し付けられたひんやりとした感覚。視線だけ動かしてそちらを確認すると、口元に茶色のバンダナを巻いた男が銃口を突き付けているのが見えた。それと共に客席の至る所から悲鳴が飛ぶ。
「大人しく人質になれ。手荒な事はしねぇ」
鉄道ジャックか、とロニは察する。
車両内には同じような格好をした男がもう二人。
蒸気機関車を占拠するのは得策ではない。行先と経路が限られるからだ。加えてアイアンホースは旅客車である。金品は基本的に乗客の持ち物だけ。
となれば、
「どこかの要人でも乗っているんですか?」
ロニは両手を上げながらバンダナの男に問う。
「答えると思うか? 兄ちゃん。黙ってろ」
正直なところ、返答もなければ応答もしないだろうと思っていたロニは面を喰らって目を丸くした。が、それも一瞬。上げていた両手を下ろし、うつむきながらぼそりと呟いた。
「……兄ちゃん。兄ちゃん、ですか……僕は、男に見えるんですね?」
「あ?」
「見えている事が事実とは限りません……見えていない事が真実かといえば、それも違いますが……」
「あのよぉ、喋ってんじゃねえよお前。わけ分かんねえこと言ってねえで男らしく黙って手ぇ上げてビビッてろ!」
男の怒号にロニの肩がぴくりと動く。
手を上げるでもなく、ロニは小さくため息を吐きだしてから低い声で言う。
「そう、ですか……」
そしてバンダナの男へ向けて左掌を突き出し、
「【圧し掛かる責務に泣け。迫り来る焦燥に喚け】」
「おい。なんの真似だ」
眉をひそめて訝しむ男を他所にロニは続ける。