序、世界の車窓から
服の袖で口周りを拭い終わる頃にはシルバは既に二度寝を始めていて、完全に置いてきぼりを喰らったロニは車窓の桟に肘をかけ直し、呆れ顔を浮かべてから窓の外を見た。
終わりの見えない荒野。
大陸鉄道最速の本車両アイアンホースをもってしても横断に三時間ほどかかってしまう道程には全五ヵ所の分岐ポイントがあり、内二ヵ所に物資補給とメンテナンス用の停車駅がある。
二ヵ所目の停車駅はまだ通過していないから気分転換のチャンスはあるものの、出発前に車掌から聞いた各停車駅の発着時間と懐中時計を照らし合わせると、
──うわあ……次の駅まであと三十分以上もあるんだ……。
自然と苦笑してしまう。
ロニは先ほど、こんなにいい景色なのにと言ったが、景色なんてずっと同じものを見ていれば飽きるし、つまらなくなるし、当然眠くもなる。それでもロニがそう言ったのは、二人で会話でもしていれば時間なんてすぐ過ぎるじゃないか起きろオッサン。と思ったからだった。
窓から向かいの席へ視線を移せば、幸せそうに眠る四十代男性の顔が。
口パクでバーカと言うも当然ながら聞こえず──代わりに、乾いた金属音が鳴ったのをロニは聞き逃さなかった。
目覚める時に聞いた音と同じ。
発生源は恐らく前部車両。
蒸気機関車の機工が打ち鳴らす音かと一瞬思ったが、ロニが知る限りで一致するそれはない。
──……ちょっと見てこよう。
隣の席に置いた上着を掴み、立ち上がろうとしたところでロニの挙動が止まる。