第一章 日常茶飯/街の風景

 足をつまづかせ、思い切り転倒する若者。佇まいだけを意識したハイヒールで必死に逃げ惑う女。腕に刺青を入れたゴロツキ風の男は顔面を蒼白にして後ずさる。

 そして、それらの人流を一瞬で掻き消した金髪の男は、一瞬の内に広々とした空間を作り出したダズという男は、固く握りしめた拳を足下のコンクリートに深々とぶち込ませていた。

 力の解放はそれだけに留まらない。こめかみに青筋を浮かばせながらダズは笑う。

 その光景を、完全完璧に逃げ遅れた牧原は否応無しに瞳に焼き付けていた。しかも四年前に受けた懲罰――その時は近くに停めてあったファミリーセダンが……――を鑑みれば、皮肉にも、次に何が起こるかぐらいの予測は容易にできた。

 願わくばそれが外れてくれる事を……。

 胸中で祈りながら、牧原は極度の恐怖で動かなくなった足関節を無理矢理折り曲――

「ぉおおおおおおおおおおああああああああああああHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHHAHA!!」

 唐突に響き渡る騒音とも取れるダズの絶叫が、牧原の体を再び硬直させる。

 この叫びが只の癇癪であったならどれだけ楽だったのだろう。この、地の底から湧き上がって来る絶望にも似た圧倒的な悪寒が刹那的なものであったのなら、どれだけ幸せだったのだろう。

 つまり、牧原の願いや希望は、いとも簡単に崩れ去ったのだ。

 端的に言えば悪夢の再現。いや、いま起きている事象は、四年前にファミリーセダンを投擲された事より遥かに絶望的だった。