第一章 日常茶飯/街の風景
耳をつんざく絶叫に視線を釘付けにされた牧原の目に映るのは、拳を引き抜く際に一緒に纏わりついてきたコンクリートの塊を軽々しく掲げた理不尽大王の姿だった。
「でーきたできた。何ができた」
まるで巨大な岩石のような塊を、それこそマシュマロでも拾い上げるように軽々しく片腕で掲げるダズ。
「でーきたできた。拳骨できた!」しかしながら眼球は血走ったまま。「でーきたできた! 何ができた!」こめかみは青筋が浮き出たまま。「でーきたできた!」眉間には深い皺を刻み。ただ、声色は相変わらずふざけた様子。連続して吐き出される不気味な歌は先の絶叫とは裏腹に、徐々に音量を上げ、
「墓 標 が で き た」
更に、更に、更に口の端を吊り上げてリズムを止めた。
直後、牧原は血の気が一気に失せていくのを感じた。顔胴背中手足、体中の血があらゆる穴から一斉に抜け、何処かへ行ってしまったかのような錯覚が彼を襲う。
――あの塊をどうするつもりだ……!?
そんな事などもう分かっている。容易に予測できる。
首を振って牧原は後退る。
――あの岩石を、一体どうするつもりだ……!?
牧原は大きく首を振って後退る。
――まさか、
逃げろ。
――投げる、のか? 本気で投げる気、なのか……!?
逃げろ、逃ゲろ、逃ゲロ!
身体中の細胞が一斉にざわめき出す。ぶわっと汗が噴き出し、全身総毛立つのが分かった。
回避撤退逃走離脱。エスケープに於けるあらゆる手段はまだ間に合う可能性がある。まだ生き延びる余地がある。