第一章 日常茶飯/独白A

 マ王はこれまでの四年間、ひたすらに自分の名を探し続けてきた。何故、奪われたのが名前でなければいけなかったのかという疑問を抱きながら。

 奪われた名を取り戻す事が、現在自分が陥っている状態を打開する答えになるという根拠は、もちろん無い。

 ――仮に。仮にだ。俺をどうにかするのが目的なら、何で記憶を封じなかった?

 莫大な記憶の中で、個々人を識別するためだけの小さな小さな固有名称をわざわざ封じた事に、何かしらの理由を感じずに一体どうしろというのか。

 だからそこに何かがあるはず。この状況を打開する何かが。

 しかし、とマ王は頭を掻く。

 ――俺はてっきりエージェントなら名前を知ってるもんだと思ってたんだが、あのスーツの野郎、サーチに映らねえと抜かしやがった。

 サーチとは、エージェント・サージタリウスが行使していた『人物自動マーキング機能』の事である。

 この機能は、脳内で展開したマップ上に存在する人物全員の位置とその名を瞬時に把握出来るもので、例外は無いはずなのだが、あの時のサージタリウスの反応を振り返るに、どういうわけかマ王の存在だけがマップから除外されていたらしい。

 そのエージェントが保有する能力の機能性を頼りに、マ王は立ち向かい、あっさりと屠ったわけなのだが。

 実際問題、そう簡単にものごとは進展しないという事なのだろう。

 ふう、と小さく息を吐き出しながら、マ王は夜道をデタラメに歩く。

 ひとしきり思考し、暫定的ではあるが簡潔に纏めてみたものの、納得する気など更々ない。この四年間そうだったように。