第一章 日常茶飯/独白A

 踏み出す足元は統一感を打ち消す唯一の茶色。

「…………はあ。あのバイク、借り物だったんだけどな」

 頭を垂らし、心底気だるい様子で呟く青年の脳裏には、とある人物の姿が浮かんでいた。

 緑のジャケットにグレーのスラックス。そしてド派手な金髪。

 特徴らしい特徴といえばその格好なのだが、性格、思想、振る舞い等々、そのとある人物というのは存在自体がすでに特徴的であるため、バイクの大破についてどう弁解しようともまともなやり取りは期待できそうにない。

「はぁぁあ……………………」

 更に深々とため息を吐く、が、数秒も経たずに青年の意識は切り替わる。

 ――まあ、壊れたモンは仕方ねえとして、まさか本当にエージェントに鉢合う事になるとはなぁ…………あの書き込みも、俺のダミーも、案外役に立つもんだな。

 そう。

 実はこの青年、今し方エージェントと呼ばれるゲームの監視官を撃破したばかりなのだった。

 と、一口に撃破したと言っても、それは通常絶対に有り得ない事である。

 有り得ないし、有り得てはならない。

 エージェントとは前述した通り、監視官の事を指しており、ゲーム内での異常を排除する役割を担っているため、それに対応した特殊機能を有している。

 例えば人物の位置を全て把握していたり、例えば痛みの概念が意図的に排除されていたり。言うなれば無敵の存在なのだが……。

 ――うん。なんつうか……意外と呆気なかった。

 この黒の青年は、いとも簡単にエージェントの一人を撃破してしまっている。