第一章 日常茶飯/独白A
ずらずらと軒を並べる背の高いオフィスビルが夜の闇に浮かぶ。
付近には孤立した雑居ビルも多数乱立しており、その間を埋めるようにマンションやコンビニエンスストアがぽつぽつと存在している。
少し視線をずらせば、天空を貫くビル群の真横を低空で寄り添う高速道路が目に映る。
その高速道路を囲うコンクリートガードの側面に張り付けられた看板。
新東京市
真っ青な板を走る白い線は、そんな文字を紡いでいた。
高架下に広がる大通りは片側二車線。信号待ちの人々は青信号を皮切りに、一気に車道を埋め尽くす。
これで電脳世界だというから驚きである。
行き交う人々も、建ち並ぶビル群も、木々も、月も、空も。目に飛び込んでくるもの全てがデータ。
ここは、大手電子機器メーカーGUILDが世に放ったバーチャルリアリティゲーム《アフター*ダーク》が作り出す仮想現実。
ただ、贋物とは俄かに信じがたいこの世界には、確かに生活が根付いていた。
深夜の街を徘徊していた女子高生が警官に補導されている。酒に酔ったサラリーマンが両サイドにいる同僚の肩を借り、かろうじて歩行している。ピザデリバリーのバイク便が脇道に反れていく。
これら全ては人工AIによる行動だ。メインコンピュータの命令によるものではない。
この世界の人々は眠る事が出来る。食べる事ができる。学ぶ事も。もちろん、恋だって。
要するに、電脳世界を生きる人々は現実世界の人々と遜色無い命を有している、という事である。
そんな仮想現実の街中、黒をまとった青年が顔をしかめながら歩いていた。