第三章
不意に、薄暗い部屋の奥から男の声が響いてきた。
肩が跳ねあがりそうになるのをこらえ、レビはとっさに目をこらす。日の光がほとんど差しこまない室内は、昼間であってもかなり薄暗い。ものとものの境界があいまいになる薄闇の中、ぼんやりと浮かびあがってきた人影は病的にやせ細っていた。腰にさげた剣は、部屋に引きこもり続けている姿には少しも似合っていない。それも当然のことで、剣を振るうのは大抵レビの役目だった。
落ちくぼんだ眼窩に収まっている眼球が、ぎょろりとレビを見据える。
疑心に満ちた視線を向けられ、レビは思わず身を竦ませた。その様子を不審に思ったのか、男は眉根を寄せてレビに迫る。
「レビ。我が正義よ。今日は、何があった?」
有無を言わせない声音が、男の痩躯から放たれた。問いを拒絶することは不可能。暗く淀んだ汚泥のような男の意志が、レビの体にある象徴を伝って流れ込んでくる。
抗おうとする意志は即座にかき消され、レビは男に従うだけの人形と化した。
「〈アルカナ〉……の、〈十三番〉に、あいました……」
「オリジナルの〈アルカナ〉か……【正義】でないのは残念だが、力を試すには──」
レビに答えを強制していながら、男は彼女に興味を払わずにぶつぶつと呟き始める。誰かに伝えることなど毛頭考えていない、独りよがりの言葉の連なりは、やがて聞き取ることも困難なほどの意味をなさない音となる。
流れ込んでくる男の意志が次第に薄れ、レビは内心で呆れのため息をついた。この魔術師は、やはり象徴の模倣をしていたのだ。それも、百年も前に確立し、完成していた魔術を。