第五章
「ああ、興味を持ったな? そりゃそうだ。アンタは自分が犯した罪の重さを理解してる」
「パチモンが……何を」
「知ってるよ」
何かを言いかけたベアトリーチェを遮って杏子は言う。
「知ってる。私たちを縛る名簿。焼かれてもうなくなりはしたけど、あれは契約書だった」
禁忌の存在七十二名を書き記した名簿。
今は失われてしまったその禁書は、名を刻むと同時にその者が持つ力の使い方を誓う誓書だった。そうして誓うことにより『その者が最も愛する者を殺す』ことで死滅してしまう魔女の制限を緩和し、不死となる契約を結んだ。
「その時アンタは、こう書いて誓ったはずだ」
一、願いを強く込めてそれを口にする。
一、願いはそのあと魔女ベアトリーチェが作るリンゴを食すことによって達成への準備に入る。
一、願いの達成には十三日の期間を要する。
一、願いを口にせずにリンゴを食し、それから二十四時間が経過してしまった場合、願いを叶える権利はベアトリーチェへ移るものとする。
「ここでの『口にする』は『リンゴを食べる』って意味じゃない。口にしなきゃいけないのは言葉。願いを込めながら言の葉を示さなくてはならない」
しかしベアトリーチェは、そうは言わなかった。そんな説明なんてしていなかった。
男女の仲と生気を操ることができる魔女は、嘘の条件を提示することで若さを啜っていたのだった。
「なんでもそうだけどさ、言葉にしなきゃ届かないことって、たくさんあるんだよね」
十メートルほど離れた所にいるかえでの耳にも、その会話は届いている。