第五章
つまりは、件の移動販売車──魔女ベアトリーチェのアップルパイ屋だった。
入り口から少し入ったところで車は停まり、中からエプロン姿の女が現れる。
辺りの様子をしきりに観察する女だったが、あからさまに表情を曇らせ、次にはため息をついて言葉を漏らした。
「匂いがすると思って来てみたら、おやおや……パチモンっすか」
それは、影の魔女の力の断片を持つ人間へ向けられた皮肉。
杏子はうっすら笑って言葉を返す。
「久しぶりだな。って私の中にある知識は言ってるけど、敢えてこう言っとこうか。初めまして、ベアトリーチェ」
「あんたっすか。町中に匂いをばら撒いてたのは。おかしいなーとは思ったんすよ。いなくなった奴の匂いがするんだから」
魔女は、魔女の匂いに引き寄せられる。
魔女は、魔女を引き寄せる。
それがたとえ地球の裏側にいようと、地中奥深くに埋められていたとしても。
魔女の間に発生するその引力を、杏子は脳髄に植え付けられた知識から読み取り、利用する。
杏子は、端的に言えば特別なことはなにもしていない。敢えて言えば、朝から町をくまなく歩き回ることによって存在を示していた。まだ町に残っているであろうベアトリーチェに対して。
「で、何の用っすか?」
「まあまあ。少し話をしようよ、ベアトリーチェ」
「悪いけどあんまり暇じゃないんすよねー」
「ふーん。じゃあそれが例えば、アンタが犯している契約違反について、情状酌量温情判決の余地があるっつー話だとしてもか?」
それを聞いたベアトリーチェの眉根がぴくりと動く。