第一章

「で本日二月十四日バレンタインデー。四の付く日は休業している龍心堂だが、さて。なぜ俺は通常の営業時間よりも三時間近く早く店を開けているんだろうか?」

 確かに。

 龍崎誠が経営する薬局『龍心堂』は朝九時から夜八時まで開いている。加えて四・十四・二十四は定休日。開店の理由でもあったかなと思い出してみるも、何も思い当たらない。

「……さあ?」

「さあ? じゃない。馬鹿が。昨日聞いてなかったのか? だから早く仕事を終わらせてやったって言うのに」

「えーっと……ははは。なんかあるんだっけ?」

 誠は、口は悪いが嘘は言わない。カマは掛けるが真実を語る。

 それを知っているだけに、自分でも本当に早期の痴呆が入ってきたかと疑ってしまう。誠の言葉を肯定することになってしまう気持ち悪さと自分への落胆で立ち直れなくなりそうだ。

「お前の鳥頭加減は知っているからな。覚えておけと言った俺の方が悪い。すまん」

「謝らないで泣きたくなるから!」

 老人の気持ちを少しだけ理解(してはいけないような気もするが)した杏子だった。

「まあ、お前を起こす手間が省けたのは本当に良かったと思ってるよ。サモハンキンポーも仰天するアクロバティックな寝相のお前を起こすのは、A連打で戦闘に興じるドラクエXの戦士のレベル上げくらいの難度だからな」

「けっこう片手間だ!」

「何にせよ、ほら────予約のお客さんだ」

 言われて杏子は、誠の視線を追う。行先は龍心堂が入ったマンションから数メートル離れた電柱。その陰から出てきたモッズコートのフードを深被りした人物。